沿革

 

 当院の歴史についてはっきりした記録は残っていません。八尾町東町、臼屋七郎右衛門の三男:臼屋権兵衛が八尾町上新町に分家したのが当家初代と伝え聞いています。

 江戸時代、寛政9年(1797)に現在の八尾町市街地で発生した暴徒による打毀事件に関する記録に臼屋権次郎の記述がみられます。記述によると当時、臼屋権次郎(4代目:権治)は上新町で米商を営んでいました。

 その権治の長男:臼屋駒次郎は医業を生業とし、上新町で漢方医をしていました。駒次郎は後に名字・帯刀を許され、岩佐権次郎と改名しました。この5代目:岩佐権次郎(駒次郎)が当院の創始者と伝え聞いています。

 

江戸時代 

 岩佐権次郎(5代目:臼屋駒次郎):八尾町上新町にて診療を始める。

 

明治時代

 岩佐権次郎(6代目:岩佐安次郎、駒次郎の次男):同住所に陽春堂を開設。

 岩佐兵蔵駒次郎の三男):隣接して八尾町上新町に診療所を開設。

 

大正時代 

 岩佐貞良(7代目):八尾町上新町同住所に岩佐醫院を開設。

 

昭和58

 岩佐嘉郎(8代目):隣接して八尾町上新町に岩佐医院を新築。

 

令和2年     

 岩佐陽一(嘉郎の次男):八尾町上新町から八尾町井田に岩佐医院を移転。

 

 

 

岩佐陽一(いわさ よういち)

 

 八尾中学校卒、

 富山中部高校理数科卒、

 金沢大学医学部医学科卒

 

 勤務歴:

  金沢大学附属病院、

  金沢医療センター(旧国立金沢病院)、

  小松市民病院、済生会福井病院、

  富山赤十字病院、富山市民病院他

 

 所属学会:

  日本内科学会、

  日本泌尿器科学会、

  日本泌尿器科学会認定専門医